古道再発見の探検隊 – 四万温泉から新潟への街道跡


いまは、奥四万湖で行き止まりの四万温泉ですが、その昔は新潟方面に抜ける街道筋の温泉地でもあったそうです。

四万温泉の古老の方々からもそんな言い伝えを聞いていたので、その道を再発見しようと、4年前(2013年)の11月に引き続き、2度目の探検隊を組みました。

今回は、稲包山の登山道から入り、途中で尾根から下り、古道跡まで行き、そこから古道を新潟方面へ登りました。

微かに残った道跡。
道なき道を藪漕ぎで進み、滑落の危険と背中合わせの道を進みました。

最初は余裕タップリしでしたが・・・
ほとんどの道中は深い笹薮の中
ほとんどの道中は深い笹薮の中

何箇所もあった、沢越えではかなり危険な思いも・・・

かなり怖くてハードな道のりでしたが、4年前の第一回目の探検のあと、営林署のSさんがひとりで何度も山に入り、入念に下調べしておいてくれたので、なんとか古道を踏査できました。

新潟県境の尾根にたどり着き一安心
11月上旬なのに霧氷が
今回の踏査マップ

4年前と今回の調査を合わせて、この街道の全貌がかなり見えてきました。

営林署Sさんのまとめた資料

この道(木の根宿古道と(仮)で呼びます)は、四万温泉の日向見から四万川・木の根宿沢沿いを登り新潟県境の三坂峠を経て湯沢町の浅貝に至るルートだったようです。

色々な古文書や古地図にその存在が記載されているのですが、大正4年発行の地図を最後に地図からは消えてしまっています。

大正4年発行の地図

四万温泉在住の折田さんがまとめてくださった資料によると、すでに10世紀には木の根宿古道が使われていたようです。

折田さんによる年表

新田義貞が挙兵の折(14世紀)、新潟側の同志がこの道を通って参戦した。
木の根宿(きのねしゅく)という宿場があり遊女もいた(須川記)
新潟の上杉氏がここを往来した記録も残る

など、興味深い記載がたくさん残っています。

実際に歩いてみたり地図を辿ってみたりすると、木の根宿古道は、登山が目的のいまの稲包山のルートとは異なり、なるべくアップダウンの少ない、牛馬も通りやすい位置にルートが設定されていたことがわかります。

今回木の根古道を歩いてみて、道のありがたさを身を以て体感しました。

普通の登山道 >> 木の根宿古道 >> ただの笹薮

本当に微かではありますが、残っている道跡を歩くのが、全く何もない笹薮の中を歩くのよりどれだけ楽だったことか、そして整備されている登山道の楽チンさといったら最高でした。

営林署のSさん以外は、木の根宿古道を制覇した人はいないので、次のチャンスには、日向見から新潟まで全て古道を歩いてたどり着いてみたいと思いました。

また、文献(吾妻郡誌)に、

木の根宿趾
澤田村大字四萬の山中にあり。此地往古越後との交通路ありし頃、人家點々略宿状をなせりといふ。

と記載のある、木の根宿の跡地遺跡もいつの日か発見してみたいと思います。

協力してくださる、大学の登山部や探検部の方いらっしゃいませんか?
お気軽にお声がけくださいね。

古道再発見の探検隊 – 四万温泉から新潟への街道跡」への2件のフィードバック

  1.  自分は東洋大学探検部の者です。ツイッターからこの記事を拝見いたしました。この調査に協力したいのですが、お話を伺うことは可能でしょうか。

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